HideとKIYOSHIの絆とは?経歴から機材・現在の活動まで徹底解剖
1990年代の日本のロックシーンを鮮烈に駆け抜け、今なお数多くのフォロワーを生み出し続けるhide。そのソロプロジェクトにおいて、最強のライブバンドとして結成されたのが「hide with Spread Beaver」です。そのフロントラインで、hideの盟友として圧倒的な存在感と鋭利なギターサウンドを鳴らし続けたギタリストがKIYOSHI(本名:本間清司)でした。
hideが絶大な信頼を寄せた音楽的センス、media youthから続くキャリアの軌跡、そしてhide急逝という悲劇を乗り越えて現在に至るまで、彼が刻んできたロックンロールの真髄とは何なのでしょうか。本稿では、当時の貴重なエピソードや愛用機材、2026年現在の最新動向までを徹底的に掘り下げて検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:KIYOSHI(本名:本間清司)はmedia youthを経てhide with Spread Beaverに参加し、hideの右腕としてステージを熱狂させたギタリスト。
- 要点2:1998年のhide急逝後も追悼ライブやメモリアル公演の中核を担い、MADBEAVERSやソロ活動など現在も第一線でプレイを継続。
- 要点3:エッジの効いたプレイスタイルとFernandes等の名機から放たれる骨太なサウンドは、2026年現在も世代を超えて高く評価されている。
【結成秘話と絆】hideとKIYOSHIが築いた唯一無二の信頼関係
hideとKIYOSHIの関係性を語る上で欠かせないのが、互いの才能を認め合ったプロフェッショナルとしての対等なリスペクトです。1990年代半ば、ビジュアル系およびインディーズシーンでカルト的な人気を誇っていたmedia youthのギタリストとして頭角を現していたKIYOSHIに対し、hideは早くからその華やかなルックスと攻撃的なプレイに注目していました。
1996年、hideの2ndソロツアー『hide solo tour 1996-PSYENCE A GO GO-』への参加を打診された際、KIYOSHIは当初自身のバンド活動との兼ね合いから逡巡したと当時の音楽雑誌のインタビューで回顧されています。しかし、hide本人の「お前が必要なんだ」という熱烈なオファーと熱量に心を動かされ、サポートギタリストとして合流。このツアーでのケミストリーが、のちの「hide with Spread Beaver」結成への決定打となりました。
1997年末、X JAPAN解散の翌日に正式発表されたhide with Spread Beaverの結成において、KIYOSHIは単なるサポートミュージシャンではなく、バンドの正式な一員として名を連ねました。メンバーには、プログラマー兼共同プロデューサーのINA、ベーシストのCHIROLYN、ドラマーのJOE、キーボードのD.I.E.、ギタリストのKAZ、そしてKIYOSHIという、強烈な個性と高い演奏力を併せ持つ手練れが集結。hideが「怪獣たちの集まり」と愛着を込めて称したこのバンドで、KIYOSHIはステージ下手(観客から見て左側)で暴れ回るロックスターの象徴として、hideのヴィジョンを完璧に具現化しました。
| 時代・プロジェクト | 主な活動形態・バンド | KIYOSHIの役割・立ち位置 | 編集部の見解・音楽的影響 |
|---|---|---|---|
| 1990年代前半〜中盤 | media youth | メインコンポーザー / ギタリスト | グラムロックやパンクを融合した独自の美学を確立。hideに見出される契機に。 |
| 1996年〜1998年 | hide with Spread Beaver | ギタリスト / パフォーマー | デジタルとヘヴィロックの融合を体現。hideの右腕として不動の地位を築く。 |
| 2000年代〜2010年代 | Lucy / MADBEAVERS / ソロ | ボーカル&ギター / バンドリーダー | 今井寿(BUCK-TICK)との共闘やJOEらとのトリオ編成で、より骨太なガレージロックを展開。 |
| 2020年代〜現在 | MADBEAVERS / 追悼公演 / ソロ | 現役ギタリスト / レジェンド伝承者 | 2026年現在も卓越した演奏力でhideのレガシーを守りつつ、自身のロックを深化。 |
【プロフィールと経歴】KIYOSHIの本名・年齢・これまでの音楽遍歴
KIYOSHIの本名は本間 清司(ほんま きよし)。1964年6月3日生まれ、千葉県出身。2026年現在で61歳を迎えていますが、その研ぎ澄まされたスタイルとステージングは年齢を一切感じさせません。
彼の音楽的ルーツは、1970年代から1980年代のグラムロック、ハードロック、パンクロックに根差しています。インディーズバンド「JEWEL」などを経て結成された「media youth」では、ダークかつグラマラスな世界観を展開。メジャーデビューを果たし、全国的な知名度を獲得しました。
その後、hide with Spread Beaverでの活動と並行してソロプロジェクト「kiyoshi」を始動。2004年にはBUCK-TICKの今井寿、元THE MAD CAPSULE MARKETSのOKAZAKIと共にロックバンド「Lucy」を結成し、ツインボーカル&ツインギターという特異なスタイルでシーンに衝撃を与えました。
さらに、Spread Beaverの盟友であるドラマーのJOEやベーシストのEBI(ARB、UNICORN)らと共に「MADBEAVERS」を結成。スリーピースならではの無駄を削ぎ落としたダイナミックなアンサンブルを追求し、現在に至るまで精力的なライブツアーを展開しています。
【実態検証】愛用ギターと機材の変遷に見るKIYOSHIサウンドの真髄
KIYOSHIのサウンドを決定づけているのは、エッジの効いたピッキングと、サスティン豊かなドライブトーンです。彼の機材遍歴を紐解くと、ギタリストとしての徹底した美学が浮き彫りになります。
代表的な愛用ギターといえば、Fernandes/Burnyからリリースされた自身のシグネチャーモデル「Burny MY-115S」(通称:フライングVシェイプのKIYOSHIモデル)が有名です。このモデルにはフェルナンデス独自のサスティナーシステムが搭載されており、無限のフィードバックサスティンを生み出すことで、Spread Beaver特有の近未来的なサイバーロックサウンドを支えました。
加えて、Gibsonのレスポール・カスタムやフライングV、アンプにはMarshallのヴィンテージヘッドやBogner、Diezelといったハイゲインかつ音圧のあるチューブアンプを導入。足元のペダルボードは空間系エフェクターとオーバードライブを緻密に配置しつつも、手元のボリュームコントロールとピッキングのニュアンスでダイナミクスを表現する職人肌のセッティングが貫かれています。
ファンや楽器愛好家の間でも、「KIYOSHIのトーンは派手なエフェクト処理に見えて、実は極めて生々しいピッキングの強弱に依存している」と高く評価されており、そのサウンドメイキングは後進のギタリストたちにも多大な影響を与えています。

【追悼と継承】hide急逝から現在へ至るSpread Beaverの軌跡
1998年5月2日、hideの突然の急逝という未曾有の悲劇に直面した際、Spread Beaverのメンバーたちが下した決断は日本の音楽史における伝説として語り継がれています。
主を失った直後の1998年秋、開催が危ぶまれていた全国ツアー『hide with Spread Beaver appear!! "1998 TRIBAL Ja, Zoo"』は、「hideが作った音楽を止めてはならない」というメンバーの強い意志により決行されました。ステージ中央にはhideのボーカル用マイクスタンドと愛機イエローハートが置かれ、巨大スクリーンに映し出される生前の映像と同期しながら、KIYOSHIたちは魂を削るような生演奏を披露。観客と一体になってhideを送り出したこのツアーは、ロック史に残る感動的な記録となりました。
その後も、2008年の『hide memorial summit』、各種アニバーサリーイベント、そして近年のメモリアルライブに至るまで、KIYOSHIは常にフロントマンとしてSpread Beaverの旗を掲げ続けてきました。2023年に開催された25年ぶりのワンマンライブやその後の最新展開においても、KIYOSHIが奏でる「ROCKET DIVE」や「ever free」のリフは、hideの魂が今もステージ上に息づいていることを証明しています。
【プロの結論】喪失のトラウマを乗り越えた「共同体」の心理学的意義
音楽ジャーナリズムおよび心理学的な観点から見れば、hide急逝後のSpread Beaverの歩みは、巨大な精神的トラウマを「音楽的昇華」と「集団的儀礼」によって受容していった稀有なケースといえます。リーダーの喪失という壊滅的な打撃を受けたバンドは、通常であれば解散や活動停止に追い込まれます。しかし彼らは、hideが遺した楽曲を自らの手で演奏し続けることを通じて、ファンと共にグリーフ(悲嘆)を分かち合い、レガシーへと昇華させました。KIYOSHIが放つ一音一音には、単なるノスタルジーを超えた「今を生きるロック」としての力強さが宿っています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
ネット上の掲示板やSNSでは、時にKIYOSHIとhideの関係や現在のステータスについて誤解交じりの情報が散見されます。ここでは事実に基づき、それらの誤認を是正します。
誤解1:「KIYOSHIは単なるバックバンドのサポート要員だった?」
これは完全な誤りです。hideはSpread Beaverを結成する際、「バックバンドではなく、それぞれが主役であるひとつのロックバンド」としてメンバーを集めました。アルバムのクレジットやアーティスト写真においても、KIYOSHIは独立した一人の表現者としてフィーチャーされており、hide自身もKIYOSHIの作曲センスやカリスマ性を対等な立場でリスペクトしていました。
誤解2:「hideの活動終了後はシーンから身を引いている?」
これも事実無根です。KIYOSHIはMADBEAVERSでの継続的なアルバムリリースや全国ツアーをはじめ、アコースティックソロ公演、セッションライブなど、2026年現在も年間多数のステージをこなす極めてアクティブな現役ミュージシャンです。メディア露出の多寡だけで活動規模を判断することは、彼の真の精力的なキャリアを見誤ることになります。
【プロの結論】KIYOSHIの音楽に触れるべき人・おすすめの鑑賞アプローチ
KIYOSHIの音楽世界に触れる際、向いているリスナーのタイプとおすすめの試聴ステップは以下の通りです。
- おすすめできる人:
- 90年代の日本のグランジ、オルタナティブロック、サイバーパンクの生々しい熱量を体感したい人
- ギターリフ主体の骨太なバンドアンサンブルや、トリオ編成のダイナミズムを好む人
- hideのソロワークスにおける「生のギターアンサンブルの魅力」を深く掘り下げたい人
- 慎重になるべき人・異なるアプローチが必要な人:
- 打ち込み主体で極端にクリーンなポップスのみを好む層(KIYOSHIのサウンドは非常に生々しくラウドなロックアプローチが基本となるため)

【kiyoshi hide with spread beaver】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:KIYOSHIの本名や年齢、出身地は?
A1:本名は本間 清司(ほんま きよし)です。1964年6月3日生まれ(2026年時点で61歳)、千葉県出身。卓越したステージパフォーマンスとスタイルを維持し、現役で活躍しています。
Q2:hide with Spread BeaverでKIYOSHIが愛用していたメインギターは?
A2:Fernandes/Burny製のシグネチャーモデル「Burny MY-115S」(サスティナー搭載のフライングVモデル)が最も有名です。その他にもGibsonレスポールやフライングVなど、太く抜けの良いトーンを持つモデルを愛用しています。
Q3:2026年現在のKIYOSHIの主な音楽活動は?
A3:ドラマーのJOEらと結成した「MADBEAVERS」でのライブツアーや音源制作、自身のソロアコースティック・エレキライブ、さらにhideのメモリアルイベントやSpread Beaverとしてのスペシャルステージなど、多角的に精力的な活動を続けています。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
KIYOSHIは、hide with Spread Beaverのギタリストという枠組みにとどまらず、日本のロックシーンにおいて確固たる足跡を刻み続けてきた本物の表現者です。hideとの深い絆に裏打ちされた伝説的なプレイはもちろんのこと、現在進行形で進化を続けるMADBEAVERSやソロ活動におけるサウンドもまた、一切の妥協がありません。
彼が奏でるギターの真髄を体験したい方は、まずはhide with Spread Beaverの名盤『Ja,Zoo』やライブ映像作品、そしてMADBEAVERSの生々しいスタジオ盤・ライブ盤をぜひチェックしてみてください。時代を超えて鳴り響くロックのダイナミズムを、全身で体感できるはずです。 (出典: kiyoshi hide with spread beaver(Yahoo!ニュース))