関ジャニからSUPER EIGHTへ!脱退理由と歴代メンバーの現在
2004年のCDデビュー以来、関西発の王道エンターテインメント集団として日本のポップシーンを牽引し続けてきた関ジャニ∞。2024年のデビュー20周年という大きな節目を機に、グループ名をSUPER EIGHT(スーパーエイト)へと改名し、2026年を迎えた現在もその勢いは衰えるどころか、さらに凄みを増しています。
しかし、その華々しい栄光の裏側には、メンバーの度重なる脱退や大病との闘い、グループ存続の危機など、幾多の荒波を乗り越えてきた壮絶な歴史が存在します。本稿では、第一線で取材を続ける芸能ジャーナリストの視点から、歴代全8人のメンバーの足跡、脱退理由の深層、現在の最新活動状況、そしてグループが強固な絆を保ち続ける理由について、確固たる事実関係をもとに徹底網羅して解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2024年2月に「関ジャニ∞」から「SUPER EIGHT」へと改名。8本の矢として始まった誇りとファン(eighter)への感謝を背負い、5人体制で更なる進化を継続中。
- 要点2:歴代脱退メンバー(内博貴・渋谷すばる・錦戸亮)の離脱経緯と、それぞれの道を切り拓いて音楽・舞台・映像界で確固たる地位を築く2026年の現在地を詳解。
- 要点3:病魔を克服した安田章大の現在や、大倉忠義・横山裕の後輩プロデュース、村上信五の多角展開、丸山隆平の俳優業など、5人の多面的な活動と解散を選ばなかった組織的強さを分析。
【2026年最新】関ジャニ∞からSUPER EIGHTへの改名理由と歩んできた軌跡
2024年2月4日、グループは長年親しまれた「関ジャニ∞」の名称を改め、SUPER EIGHTとして新たな航海へと乗り出しました。この改名劇の背景には、所属事務所の構造改革に伴う名称変更の要請がありました。しかし、メンバー5人が徹底的に議論を重ねて導き出したこの新名称には、単なる看板の掛け替えを超えた深い意味が込められています。
記者会見や公式ファンクラブ向けの配信において、横山裕は「関ジャニという名前に強い愛着と誇りがあったからこそ、そのスピリットを継承し、さらに超えていく(SUPER)という決意を込めた」と明かしています。また、かつて8人でスタートした原点を象徴する「エイト」の響きと「∞(無限大)」の意志を消すことなく残したことは、長年グループを支えてきたファンに対する誠意の表れでもありました。
改名発表直後はSNS上で大きな反響を呼びましたが、音楽フェスへの積極的な参戦やスタジアムツアーの成功を通じて、SUPER EIGHTという名称は瞬く間にエンターテインメント界に定着しました。2026年現在では、従来のアイドルファン層のみならず、邦ロックファンやカルチャー層からも「実力派ライブバンド」として極めて高い評価を獲得しています。

【歴代メンバー比較】SUPER EIGHT現役&脱退組の年齢・メンバーカラー・詳細一覧
関ジャニ∞の歴史を語る上で欠かせないのが、初期に結成された8人それぞれの強烈な個性です。現在もグループを守り続ける5名と、それぞれの夢や覚悟を持って新たな道へと進んだ3名の計8名について、プロフィールと最新データを一覧表にまとめました。
| メンバー名 | カラー / 生年月日(2026年満年齢) | 担当楽器 / 主なポジション | 現在の主な活動・評価 |
|---|---|---|---|
| 横山裕 | ブラック / 1981年5月9日(45歳) | パーカッション、トランペット、ギター | 俳優業、情報番組MC、関西ジュニア(Aぇ! group等)の育成・演出 |
| 村上信五 | パープル(ナス) / 1982年1月26日(44歳) | キーボード、ピアノ | 冠バラエティ司会、大型特番メインキャスター、農業・知財関連ビジネス推進 |
| 丸山隆平 | オレンジ / 1983年11月26日(42歳) | ベース、ボーカル | 舞台・ミュージカル主演、映画俳優、卓越したベースプレイで音楽専門誌から絶賛 |
| 安田章大 | ブルー / 1984年9月11日(41歳) | リードギター、メインボーカル | 舞台俳優、作詞作曲、アート制作、病気の啓発活動と独自のライフスタイル発信 |
| 大倉忠義 | グリーン / 1985年5月16日(41歳) | ドラム、低音ボーカル | ドラマ・映画主演、なにわ男子やAmBitious等の総合プロデューサー |
| 渋谷すばる(2018年脱退) | 元レッド / 1981年9月22日(44歳) | 元メインボーカル、ブルースハープ | シンガーソングライターとして国内外でツアー開催、フェス出演、楽曲提供 |
| 錦戸亮(2019年脱退) | 元イエロー / 1984年11月3日(41歳) | 元メインボーカル、ギター | 自主レーベル運営、地上波ドラマ・配信映画への主演復帰、全国ライブツアー |
| 内博貴(2006年脱退) | 元ピンク / 1986年9月10日(39歳) | 元ボーカル | 舞台・ミュージカル俳優として確固たる地位を確立、ソロコンサート活動 |
ファンの間における人気順の動向については、メディア露出の形態や個人の好みに応じて常に変動しています。近年では、プロデューサーとしてのカリスマ性と端正なルックスを兼ね備える大倉忠義や、圧倒的な人間力とストイックさで支持される安田章大、マルチなMC力で国民的知名度を誇る村上信五などが上位に挙げられることが多いものの、5人全員が明確な専門分野を持ち、互いに補完し合っている点こそがSUPER EIGHTの最大の強みです。
なぜグループを離れたのか?歴代3名の脱退理由と知られざる舞台裏
グループが歩んできた道のりは決して平坦ではありませんでした。8人から7人、そして6人から現在の5人へと変化していく中で起きた脱退劇には、それぞれの葛藤と人生の決断が存在します。
1. 内博貴の脱退経緯(2005年〜2006年)
デビュー間もない2005年7月、当時18歳だった内博貴は未成年飲酒による不祥事を起こし、無期限の芸能活動自粛処分を受けました。グループ随一のビジュアルと歌唱力で将来を嘱望されていた矢先の出来事であり、ファンや関係者に走った衝撃は計り知れないものでした。
その後、研修生からの再スタートを経て復帰を果たしたものの、グループの連帯責任やスケジュール、本人の体調管理などの観点から、関ジャニ∞および兼任していたNEWSからの脱退が正式に決定しました。しかし、内はその後、舞台演劇の世界で地道に実力を磨き上げ、名作ミュージカルやストレートプレイに欠かせない実力派俳優として見事な復活を遂げています。
2. 渋谷すばるの脱退理由(2018年)
関ジャニ∞の「絶対的メインボーカル」であり、グループの音楽的アイデンティティそのものだった渋谷すばるの脱退は、グループ史上最大の転換点となりました。2018年4月の記者会見で、渋谷は「36歳という年齢を迎え、これからの残りの人生を自分自身の音楽一本で生きていきたい」と、強い決意を表明しました。
当時、メンバー全員が同席して行われた異例の会見では、安田章大が負傷のため欠席したものの、横山裕が涙を流しながら「すばるの覚悟を受け止めるしかない」と語るなど、長年の戦友としての情愛とリスペクトが溢れていました。グループの枠を飛び越え、単身で音楽を追求するという渋谷の決断は、現在もソロアーティストとしての力強い歩みに直結しています。
3. 錦戸亮の脱退理由(2019年)
渋谷の脱退からわずか1年半後の2019年9月、グループを牽引してきたもう一人のフロントマンである錦戸亮がグループを離れ、同時に事務所を退所しました。15周年記念の5大ドームツアーを完走した直後の電撃発表でした。
脱退の背景には、渋谷が抜けたことでグループの再編や将来の方向性についてメンバー間で激しい議論が交わされる中、錦戸自身が「自分の責任とペースで、妥協のないエンターテインメントを一から構築したい」という強い独立志向を抱いたことが挙げられます。グループ活動と俳優業の過密なスケジュールの中で疲弊することなく、個人レーベル「NOMAD RECORDS」を立ち上げ、自由度の高いクリエイティブを追求する道を選んだのです。

【現役5人の現在地】プロデュースからソロ・健康状態まで徹底解剖
相次ぐメンバーの脱退という激震に見舞われながらも、残された5人は歩みを止めませんでした。2026年現在の5人は、それぞれが芸能界の各分野で唯一無二のポジションを築き上げています。
横山裕:後輩育成の手腕と深みを増す演技力
グループ最年長として精神的支柱を務める横山裕は、バラエティ番組での安定したトーク力に加え、俳優としても数々の話題作でシリアスな演技を披露しています。特筆すべきは、関西ジュニアのプロデュース手腕です。Aぇ! groupのデビューを後押しするなど、自らの経験を惜しみなく注ぎ込む兄貴分として、後輩たちから絶大な信頼を寄せられています。
村上信五:知財・農業ビジネスから特番司会まで
卓越した司会スキルで多くのレギュラー番組を回す村上信五ですが、その活動領域はもはやテレビの枠に収まりません。近年では、農業ベンチャーとの協業や知的財産(IP)ビジネスの創出、さらには国際的なスポーツ中継のメインキャスターなど、ビジネスマン・文化人としての顔を確立させ、アイドル界における独自のキャリアモデルを構築しています。
丸山隆平:ベーシストとしての進化と舞台界での躍進
温厚な人柄とギャグでグループを和ませる丸山隆平は、音楽面において圧倒的な進化を遂げました。東京ドーム等の巨大ステージで見せる確かなベースプレイは、第一線のプロミュージシャンからも一目置かれています。また、ブロードウェイミュージカルの日本版主演を務めるなど、豊かな表現力と歌唱力を武器に舞台界のトップスターとしても活躍しています。
安田章大:大病を乗り越えた表現者としての覚醒
2017年に髄膜腫(ずいまくしゅ)という脳腫瘍の摘出手術を受け、さらにその後遺症による転倒骨折など、過酷な闘病生活を経験した安田章大。現在も強い光から目を守るために特注のサングラスを着用して活動を続けています。命の危機を潜り抜けた経験は彼の人間性と芸術性を大きく深め、舞台演劇での鬼気迫る怪演や、写真集・アート作品を通じたメッセージ発信は多くの人々に勇気を与えています。
大倉忠義:グループの屋台骨と希代のヒットメーカー
グループのバンドサウンドを重厚なドラムで支える大倉忠義は、プロデューサーとしても天性の才能を開花させています。「なにわ男子」を国民的アイドルへと押し上げた手腕は業界内外で高く評価されており、演出・楽曲選定・ブランディングのすべてにおいて類いまれなプロデュース能力を発揮しています。
ネットの噂と誤解を検証|不仲説の真偽と現在も続く「奇跡の絆」
メンバーの連続脱退に際しては、ネット掲示板や一部の週刊誌で「不仲による分裂」「修復不可能な対立」といった憶測が飛び交いました。しかし、これらは現場の実態とは大きくかけ離れた誤解です。
取材現場や関係者の証言によると、脱退に関する議論は幾度となく朝まで本音でぶつかり合って行われました。互いの人生観や音楽観を尊重したからこその「発展的分離」であり、感情的な対立による喧嘩別れではありません。事実、錦戸亮は独立後に出演したメディアで関ジャニ時代の楽曲へのリスペクトを語り、安田章大とプライベートで連絡を取り合っていることを明かしています。
また、渋谷すばるも音楽フェスへの出演やインタビューの場で、かつての仲間たちへの感謝を隠すことはありません。同じ時代を泥臭く駆け抜けた8人の絆は、物理的なグループの枠組みが変化した今もなお、目に見えない深い敬意として結ばれています。
【専門家視点】組織社会学から読み解くSUPER EIGHTのレジリエンス
なぜSUPER EIGHTは、主力メンバーの相次ぐ脱退という「組織崩壊の危機」に直面しながらも解散せず、より強固なチームとして存続できたのでしょうか。組織社会学および臨床心理学のフレームワークを用いると、以下の3つの要素が浮かび上がります。
1. 心理的安全性と本音の開示
従来の昭和・平成型アイドルグループに多く見られた「絶対的な同調圧力」に対し、彼らは関西の過酷な下積み時代を通じて、互いの弱さや欠点を曝け出せる環境(心理的安全性)を構築していました。誰かが欠けたとき、残されたメンバーがその穴を無理に埋めるのではなく、「今の自分たちに何ができるか」をフラットに再構築できたことが奏功しました。
2. 健全な心理的バウンダリー(境界線)の確立
グループという集合体に自己を完全に埋没させる「共依存」の関係ではなく、個々のメンバーが自分の意志で自立したプロフェッショナルとしての境界線を引いています。だからこそ、脱退する者の覚悟を尊重し、残る者も被害者意識を持つことなく「グループの看板を守る」という主体的な選択ができたのです。
【プロの結論】変化を恐れない組織が示すこれからの生き方
SUPER EIGHTの歴史が私たちに教えてくれる最大の教訓は、「形を変えることは後退ではなく、進化である」という事実です。メンバーの減少や改名という大きな環境変化を否定的に捉えるのではなく、自分たちのアイデンティティ(8という数字、大阪魂、バンドスタイル)を再定義するための契機へと転換させました。このしなやかな逆境力(レジリエンス)こそが、現代のあらゆる組織や個人のキャリア形成においても極めて重要な示唆を与えています。
【関ジャニメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関ジャニ∞からSUPER EIGHTに改名したのはいつですか?理由は?
A1:2024年2月4日に正式改名しました。所属事務所の体制刷新に伴う名称変更が契機ですが、原点である「8」への愛着と、グループの精神をさらに超えて進化させていく決意を込めて「SUPER EIGHT」と名付けられました。
Q2:安田章大さんが色付きサングラスをかけている理由は?
A2:2017年に受けた脳腫瘍(髄膜腫)の手術後、光に対する過敏症などの後遺症があるためです。強い照明や太陽光から目を保護し、体調を維持するために日常的およびメディア出演時に特注のカラーサングラスを着用しています。
Q3:脱退したメンバー(内・渋谷・錦戸)の2026年現在の活動は?
A3:内博貴は舞台・ミュージカル界の実力派俳優として活躍、渋谷すばるはソロシンガーソングライターとしてライブツアーや楽曲制作を展開、錦戸亮は自主レーベルでの音楽活動に加えて地上波ドラマや映画への出演など俳優としても第一線で活躍しています。
Q4:歴代メンバーの中で最年長と最年少は誰ですか?
A4:8人の歴代メンバーの中で最年長は横山裕(1981年5月生まれ)、最年少は内博貴(1986年9月生まれ)です。現体制の5人の中では大倉忠義(1985年5月生まれ)が最年少となります。
まとめ:形を変えても変わらない「8」の誇りと未来への展望
デビューから20年以上の年月を経て、関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと進化を遂げた彼ら。8人で始まった物語は、形を変えながらも決して途切れることなく、今も熱く力強いビートを刻み続けています。
脱退したメンバーも、今なおグループの看板を背負い続ける5人も、それぞれの場所で自らの表現を追求し続けています。困難に直面するたびに絆を深め、逆境をエンターテインメントへと昇華させてきたSUPER EIGHTの挑戦は、これからも多くの人々に希望と勇気を与え続けるはずです。 (出典: 関ジャニメンバー(Yahoo!ニュース))